相続・贈与と資産承継
医療機関の事業承継の問題点と概要について
私の診療所は子供が承継してくれることが決まっており、現在大学病院に勤務する傍ら、週2日ほど診療所も手伝ってもらっています。今から対策を準備していきたいと考え、今回事業承継の問題点と概要についてご相談いたしました。(診療所院長 71歳)
すべての医療機関が考えなければならない 事業承継の問題と、相続税の問題は分けて考える。
事業承継には、相続により承継する場合と、事前に生前贈与をするか、もしくは遺言により後継者に権利を遺贈する場合があります。どのような方法を選択するにも、まず現在の医療法人の出資金がどの程度の価値があるのか、またその他の財産がどの程度あるのか、全体を把握して対応する必要があります。
医療法人を承継するということは後継者が理事長になることで、これは医療法人の代表であり経営のトップになるということです。
基本的には、医療法人の出資金を後継者へ委譲しなければ完全な事業承継はできません。ご参考までに、個人の診療所を生前に承継する場合は、同じ場所で後継者が開設を行い、先代は閉院をすることになります。事業用資産(土地・建物・什器備品等)は先代の所有物ですから、譲渡をするか、贈与をするかの選択をすることになります。
ところで、医療機関の事業承継を考える場合は、「相続対策」と「相続税対策」を分けて考えていただきたいと思います。
現状の医療法人は、一般的に地上2階、地下1階の制度になっているといわれています。地下1階は、法人の財産に対する権利を経営者の方々がもっていると考えていただいていいと思います。財産に対する権利があるということは、その権利に対して相続税が課税されます。医療法人は医療法の規定に基づき設立される法人であり、2種類3区分に分類され、財産評価もそれぞれ異なります。先生の診療所の場合、持分の定めのある医療法人ということですから、医療法人の各出資者は持分権を有しており、当該持分は売買、相続、遺贈、贈与等の対象となりますので、当然、財産評価(出資金評価)の必要性があります。
たとえば、1,000万円が37億円に膨らんでいるような医療法人もあり、37億円の評価に対する税金は相当高額な金額になります。このことから、出資持分評価や払戻しに関して内紛が起こるなど、全国でトラブルが起こっている医療法人が数多くあります。持分は医療法上で規定されているものではありませんが、法人格を認めるに当たって、個人医療機関等からの資金累積を容易にするために個人的な資産に対しての格別の保護を図ったものといわれています。
そうすると、地下にある医療法人というのは相続税の問題が出てきます。ところが、個人は1階、2階の医療法人のなかにある財産に対する権利はもてません。医療法人がどんなに優良で評価が膨らんでいたとしても、そこに相続税が課税されることはありません。このように、相続税の問題は医療法人のなかにある財産についてはまったく考えなくていいということになります。そうすると、相続税の対策を考えなければならない方というのは、基本的には地下1階の医療法人を経営している方に多くなるという傾向にあります。
ところが、地下1階の医療法人も、地上1階、2階の医療法人も、先代が亡くなった後の次の世代の先生は相続した医療法人をどのように経営するのかという問題が出てきます。相続そのもの、経営を承継するという事業承継と、相続税対策というのは根本的な内容が違ってきますから、そこを分けて考えていただきたいと思います。
当然のことですが、事業承継の問題はすべての医療機関が考えなければなりません。これは個人経営の医療機関も同じことです。
これに対して相続税は、国税庁の相続税の申告実績によると、現状は20人に1人の税金といわれています。
また、相続税を納める方は、この数年間をみても亡くなる方の4%台となっています。過去20年ぐらいをさかのぼっても4.2%~5.8%ぐらいの間に入っているようですが、そうしてみると、相続税は亡くなる方のだいたい20人に1人、亡くなる方の5%が納める税金となっています。これは偶然ではなく、国がそのようにコントロールしているという意見もあります。相続税というのは富の再分配機能をもった税金ですから、5%納めればいいという考え方かもしれません。ちなみに、相続税は亡くなった方の5%が相続税の申告をしていますが、その相続税の申告をした方のうちのおおむね3人に1人が税務調査の対象になっています。相続税の問題を考える場合は、この問題をしっかり認識したうえで相続対策、相続税対策を検討していただきたいと思います。
上述したように、相続税対策は20人に1人が必要といわれていますが、事業承継はすべての医療機関経営者が避けて通ることはできない問題です。
事業承継をする時には「医療法上の制約と問題」があり、さらに「民法上の問題」もあり、当然のことながら「税法上の問題」等もありますので、このような問題点をきちんと理解したうえで進めていただきたいと思いますし、できるだけ早く専門家にご相談しながら準備することをお勧めします。